

【論文発表】鉄のキレート物質「クマリン」の新規輸送体を同定
2026.03.16
当学科の渡邊俊介講師(以下、渡邊先生)が筆頭・責任著者を務める論文が国際誌『New Phytologist』に掲載されましたのでお知らせします。
渡邊先生近影
本論文の成果は、フランスINRAE・IPSiMのChristian Dubosグループリーダー、琉球大学熱帯生物圏研究センターの瀬尾光範教授(兼 理化学研究所環境資源科学研究センター客員主管研究員)らの研究グループとの国際共同研究によるものです。
今回の発表について渡邊先生より以下の通り、コメントをいただきました。
「本学に着任してから初めての論文となります。植物は自らがつくり出した物質(代謝物)を根から土壌へ分泌し、積極的に周辺環境の改善を図っています。今回、植物がどのような仕組みで代謝物を分泌しているのか、その一端を明らかにすることができました。今後も、代謝物を利用した植物の「巧みな生き方」を明らかにしていきたいと考えています。」
これからの渡邊先生の活躍にご期待下さい。
論文発表にあたり、2026年3月3日に安田女子大学、琉球大学、理化学研究所の連名で、報道機関に対してプレスリリースを行いました。
プレスリリースの内容を以下に転記いたしますので、研究のより詳しい内容に興味をお持ちの方は是非ご覧ください。
作物の鉄利用効率向上へつながる新知見
-鉄のキレート物質「クマリン」の新規輸送体を同定-
鉄は植物の成長に不可欠な栄養素ですが、多くの土壌では不溶態として存在するため、植物は効率的に鉄を吸収することが困難です。アブラナ科植物は鉄が不足すると、鉄を可溶化する作用をもつ「クマリン」を根から分泌し、鉄吸収を促進します。クマリンは主に、根の表皮細胞と皮層細胞から分泌されることが知られていますが、これらの細胞にクマリンがどのように集積されるのか、その分子メカニズムはこれまで明らかになっていませんでした。
安田女子大学理工学部の渡邊俊介講師、フランスINRAE・IPSiMのChristian Dubosグループリーダー、琉球大学熱帯生物圏研究センターの瀬尾光範教授(兼 理化学研究所環境資源科学研究センター 客員主管研究員)らの共同研究グループは、シロイヌナズナのNITRATE TRANSPORTER 1/PEPTIDE TRANSPORTER FAMILY(NPF)に属するNPF7.2が、根の表皮細胞と皮層細胞にクマリンを"積み込む"ためのクマリン取込み輸送体であることを発見しました。NPF7.2は鉄欠乏の根の表皮細胞と皮層細胞に発現し、クマリンを細胞内に高濃度に集積させることで、そこからの分泌を増強していることが示されました。この成果は、アブラナ科植物の鉄獲得機構の理解を大きく前進させるものです。
本研究の知見は、将来的には、鉄が少ない土壌でもよく育つ作物の開発や、作物の鉄含量を高めて栄養価を向上させるバイオフォーティフィケーションへの応用が期待されます。本研究は、科学雑誌 『New Phytologist』オンライン版(3月3日付)に掲載されます。
クマリン取込み輸送体NPF7.2によるクマリン分泌促進モデル
本研究は、欧州委員会Horizon 2020 Marie Skłodowska-Curie Individual Fellowship「PLANTSEE project(研究代表者:渡邊俊介、MSCA-IF-2020, 101024030)」、French National Research Agency「DYNAFER project(研究代表者:Christian Dubos、ANR-22-CE20-0006)」、日本学術振興会科学研究費助成事業若手研究「マメ科植物の根粒形成を正に制御する輸送体NIPの輸送基質の同定と機能解析(研究代表者:渡邊俊介、20K15453)」、同学術変革領域研究(B)「配糖体―アグリコン変換反応のダイナミクスから紐解くクマリン類の活性調節機構(研究代表者:杉山龍介、24H00880)」、同基盤研究(B)「根から排出される植物ホルモンの生物学的な意義の解明に向けて(研究代表者:瀬尾光範、24K02047)」などによる支援を受けて行われました。
鉄は、ほとんど全ての生物の成長・生存に不可欠な金属で、植物では光合成や窒素固定といった基礎代謝に利用されます。植物は根を通じて土壌中から鉄を吸収しますが、土壌に豊富に含まれている鉄の多くは不溶性の三価鉄[1]として存在します。そのため、植物が直接利用することができません。これに対して、植物は鉄不足という厳しい環境に適応するための仕組みを進化させてきました。
アブラナ科のシロイヌナズナは、鉄欠乏条件になるとクマリン[2]と呼ばれる鉄と結合する活性(鉄キレート活性[3])をもつ物質を根から分泌し、不溶態鉄を可溶化して鉄を吸収します(図1)。鉄欠乏の根の表皮細胞[4]や皮層細胞[5]から、クマリンの一種であるフラキセチンが排出輸送体[6]によって分泌されますが、クマリンがこれらの細胞にどのように集積されるのか、そのメカニズムは長らく分かっていませんでした。
図1 鉄欠乏に応答したシロイヌナズナのクマリン分泌
共同研究グループは、輸送体ファミリーNITRATE TRANSPORTER 1/PEPTIDE TRANSPORTER FAMILY (NPF)[7] の一つで、鉄欠乏条件に置かれたシロイヌナズナの根で遺伝子発現が誘導される「NPF7.2」に着目しました。クマリン分泌におけるNPF7.2の役割を明らかにするために、NPF7.2の機能を失ったnpf7.2変異株を鉄欠乏条件で育てたときのクマリン分泌と個体成長を調べました。その結果、変異株ではクマリン分泌が抑制されており、個体成長も著しく阻害されていることが分かりました(図2)。GFPマーカー[8]を用いた局在解析では、NPF7.2は鉄欠乏に応答して根の表皮細胞と皮層細胞に発現することが分かりました。また、これらの細胞におけるフラキシン(フラキセチンの貯蔵形態)の蓄積量が変異株では減少していました(図3)。さらに、NPF7.2を発現させた酵母細胞では、フラキセチンを効率よく細胞内に取り込む活性が検出されました。
以上の結果から、NPF7.2はクマリン、特にフラキセチンを根の表皮細胞と皮層細胞に集積させる輸送体として機能し、その働きにより根から土壌へのクマリン分泌、さらには根による土壌からの鉄吸収が促進されることが明らかとなりました。
図2 NPF7.2の変異によるクマリン分泌の阻害と生育不良
図3 NPF7.2-GFPタンパク質の発現解析
可溶鉄を含む培地(上)と不溶態鉄のみを含む培地(下)で育てた時のNPF7.2の発現を、GFPマーカーを用いて可視化した。不溶態鉄のみの培地で育てた時、NPF7.2-GFPが根の表皮細胞に強く発現していた。
クマリンの効率的な輸送・分泌を強化する技術を応用することで、鉄欠乏に強い作物の開発や、作物の鉄含量を高めて栄養価を向上させるバイオフォーティフィケーション[9]への展開が期待されます。こうした応用は、世界的に問題となっているヒトの鉄欠乏症の改善にも貢献し得るものです。
| 【タイトル】 | The Arabidopsis NPF7.2 mediates coumarin uptake for root iron acquisition |
| 【著 者】 | Shunsuke Watanabe, Meijie Li, Alice Rossille, Chérhazad Boustani, Kevin Robe, Yuri Kanno, Mitsunori Seo, Christian Dubos |
| 【雑 誌】 | New Phytologist |
| 【DOI】 | 10.1111/nph.70993 |